T-ALLを「知って治す」ブログ

T-ALLを「知って治す」

自身の病気「T細胞性急性リンパ性白血病」を調べ、理解し、治療と正面から向き合うことを目的とします。

治療と食事制限 〜生ものってダメなの?〜

抗がん剤と食事

抗がん剤を投与することにより免疫が落ちます。白血病の治療においては、白血球を集中的に叩く必要があるため、その影響が顕著です。

したがって多くの患者が衛生管理に気を配ることになります。クリーンルームで過ごし、手洗いや歯磨きの回数を増やすなど。

そういった衛生面での注意は、食べるものに関しても例外ではありません。入院中は「抗がん剤治療中の食事について」という冊子が渡され、その中には「プロセスチーズはOKだが非加熱のチーズはNG」「生クリームを含む菓子はNG」「パンは個包装ならOK」など、細かなルールが書かれていました。当然、生ものについては禁止とされていました。

エビデンスはあるのか?

しかしながら、このような食事制限の有効性については、懐疑的な見方もあります。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

これは、白血病患者の食事内容と治療への影響について調査した研究の論文です。

Abstract(要旨)だけ和訳してみました。


目的

好中球減少時の食事療法は、急性骨髄性白血病(AML)の患者の感染を防ぐためによく用いられる。この食事療法は潜在的に不便をもたらすものだが、その効果は定かではない。

患者と方法

HEPAフィルタを用いたクリーンルーム (クリーン環境) にて寛解導入療法を受ける急性骨髄性白血病(AML)の新患153名を、無作為に「生の野菜と果物を含む食事療法」と「生の野菜と果物を含まない食事療法」に割り当てた。患者の早期死亡リスクをもとに階層化を行った。 すべての患者が抗生物質と抗菌剤による予防措置を受けており、クリーン環境下から抜けるまで継続して本研究の対象であった。主な関心は主要な感染 (肺炎、菌血症、真菌血症) と 及び死亡との相関である。

結果

78人の患者を「加熱食品群」に、75人を「生食品群」に割り当てた。2つの群は年齢、早期死亡確率、化学療法歴、リスク下にあった日数に関して類似していた。「加熱食品群」の29%、「生食品群」の35%が主要な感染を起こした。感染を起こすまでの期間と生存期間は2つの群に関して類似していた。要因不明の発熱は「加熱食品群」の51%、「生食品群」の36%で起きた。

結論

クリーン環境下で治療を受ける患者に対して、好中球減少時の食事療法が主要な感染や死亡を防止することはなかった。


ここでいう「生食品群」というのは、記載があるように「生の野菜と果物を含む食べ物」のことで、魚や卵を生食するという状況ではないということには注意が必要ですが、「ナマを避ける行為が感染予防になるとは言えない」という結論は、大いに参考になります。

がん治療を専門とする武蔵小杉病院 腫瘍内科では、WebページのFAQでこの論文の存在に触れ、以下のように書いています。

Q) 抗がん剤治療中は生ものは食べてはいけないのでしょうか。

A) 抗がん剤治療中でも、生ものを食べることができます。食欲が落ちた時に、果物や生野菜ならば食べられるという患者さんは多くいらっしゃいます。心配な場合は、主治医に相談して下さい。 生もの(生野菜、果物、刺身)には細菌がついていることが多いので、免疫力が落ちる抗がん剤治療中は避けましょうという理論で禁止しているのだと思いますが、実はあまり明確な根拠はありません。少なくとも、乳がん卵巣がんなどの多くの固形がん(白血病などの血液悪性腫瘍を除いたがんのこと)の抗がん剤治療では、白血球減少の期間は短く、免疫低下の程度は強くありません。  抗がん剤治療中に、生ものを摂ってよいかどうか、という研究はいくつかありますが、2008年にJounal of Clinical Oncologyに報告されたものが最も有名です(Gardner A, et al.J Clin Oncol. 2008; 26(35):5684-5688)。急性白血病で導入化学療法(抗がん剤治療)を受ける患者153名を、生もの(新鮮な野菜・果物)摂取を禁止する群と、生ものを可にする群とランダムに分け、感染症発症率を比較しましたが、感染症発症率には有意差はありませんでした。白血病の強い抗がん剤治療を行う患者さんでこのような結果が得られているのですから、固形がんの患者さんはそれほど心配しなくてもよいと思います。 ただし、生肉は昨今の食中毒発生状況を考えると避けた方がよさそうです。生魚・生卵も、鮮度の高いものにした方がいいでしょう。特に夏場は足が早い(腐りやすい)ので注意が必要です。お肉を切った包丁やまな板で、生で食べる野菜や果物を切る場合は、包丁やまな板を十分殺菌・消毒するようにつとめます。

このQ&Aの記載にもあるように、食品の種類よりも、衛生管理の方が有意差を生むのではないかと思います。いくら加熱殺菌したとしても、その後、菌を付着させては意味がないわけです。黄ばんだエプロンの定食屋が作るフライ定食よりも、綺麗なスーパーで買った鮮度の良い刺身の方が衛生的だと考えるのは、自然ではないでしょうか?まして、スーパーのような食品業界の衛生管理において、日本が諸外国に劣るとは思えません。

食い違う判断

一時退院中に僕はお寿司を食べまくっていました。主治医が許可してくれたからです。方や、別の先生が主治医の患者は、一様に生食を厳しく禁じられていました。彼らは「寿司屋に子どもが行きたがって連れて行っても、自分は玉子や天ぷらしか食べられないのが辛い」と嘆いていました。

抗がん剤投与中は、食欲が湧かないのに加えて、買い出しも自由に行けなくなります。クリーン病棟の中にいねばならないからです。そんな時期を抜けて、一時退院中に食べた大好きなお寿司は、格別の味がしました。そうして、「こんなに外は幸せがある、またやれる、治そう」と思わせてくれたのです。食べることは人生に活力を与えてくれます。

生ものを禁止することで、果たしてローリスクになるのでしょうか。もっと研究が進んで、統一的な判断基準が得られることを願います。もちろん、「食べてもオッケー」というほうで!